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【"悟り" に始まりはなく、"修行" に終わりはない ③】


ここに氣付けたとき、

迷い苦悩しながらの現実であったとしても その日常の生活がそのまま人生修行の証し すなわち「悟り」だと知り、 悩み苦しみのない人生を送るとは、 どういう状態の現れであるのかということを、 いつも自分に問い続ける日々を過ごしていれば それ自体の修行で道は開ける。 悟りへと到達するということに繋がります。 それは自分が望む「幸せ」を 手に入れて行く方法の一つでしょう。 迷い苦悩することは 決して悪いことではなく、 表裏一体の幸せを得たあと 小さなことにも感謝し、 喜べる笑顔多き人生を歩んでいける 真実真理と繋がっているのです。 座禅をするという修行で 悟りを得られると想うことは 間違いではありません。 ですが、 座禅をしたから悟りを得るのではなく、 修行そのものが悟りだということに氣付く。 そうすることでまた一つ魂の階段を 上ることができるのではないかと想います。 人間の持つ向上心が 新しい何かを得て聖長する為に 座禅や瞑想を悟りの手段とし 入口としてされたあと、 座禅や瞑想自体が悟りそのものである。 つまりは ============================ #悟りに始まりはなく終わりはない============================ ということなのです。 アップルのスティーブ・ジョブズ氏も 禅語の影響を人生に取り入れ、 「ハングリーであれ、愚か者であれ  (Stay hungry,Stay foolish.)」 という有名な言葉を残しています。 禅師の教えは「歩歩是道場」であり、 これは毎日の日常が修行であり 人生は道場にある。 ということだと言うことです。 悩みや迷い、苦悩が重なることの現実が 多く感じたとしても その日常自体が人生修行で、 それについて深く心理を突き止める 心の在り方を深めることができたならば 次第にその問題は解決へと続き 悩みの数より幸せの数の方が増えて行く。 ですので、苦悩する人。 つまりは自分とよく向き合う人は 幸せを手に入れる数も多いのです。 そして、 幸せだと生きている人は 苦悩の先への道筋を魂が経験を得て 智慧と成し今を生き、違う深さを 學ぶことを求め歩んでいるのだと思います。 「潜行密用は愚の如く魯の如し、  只能く相続するを主中の主と名づく」 日々の悟りの修行は 自分に必要な答えをもたらしてくれる。 固定観念の枠を超えて、 自然体であれば、悟りの中で 真実真理に突き動かされて、 迷いや苦しみ、また他人の感情的な 意見に振り回されることはなく魂を向上し、 後悔の無い「飛ぶ鳥 後を濁さず」の 生き方を残し、それを子孫へと伝承していく 背中になっていくのだと思います。 今回は日々の生活の中で 心に深く考えていた内容を 書かせて頂きました☺️💓 あなたの毎日にも 氣付きと喜びが溢れますように 愛と感謝と祈りを込めて Succla☆🌸🍡☺️🍡🌸 🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀 先日ライブでもお知らせしました 🌈あなたが 人間になる前の過去世診断🌈 の募集ですが、残念ながら FBで募集する前に 満員御礼となりました✨ お申し込みいただきました方々、 ありがとうございます☺️ 『 今に繋がる人生を紐解く あなたが人になる前の ものがたり 📖 ✨ 』 私も拝見するのを とても樂しみにしていますね😊🌸




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