【 言靈 と あいさつ 】

昨日の朝、散歩をしながら 私のマネージャーと会話を していたときのこと。 その前日の夜、丑三つ時に起こった 出來事がキッカケで、 「憑依体質」 「憑依の見分け方」 「防ぎ方」 「救い方」 「”憑依”とは、そもそも何か」 なんて二人で会話していたら、 いつもの如く口がスラスラと その意味を深く告げて來る。 😇 『憑依とは〇〇〇なのですよ。』 と、神様の声と共に 「憑依について」 の話しを私の頭にはない内容で 私の口が話す深い話しをしながら (聞きながら?) 頭の中では 『なるほどなぁ~』 なんていつものことではあるが、 感心しながら學ばせて頂きながら 歩いていて、憑依の会話がひと段落したころ。 マネージャーからいきなり、 🙋‍♀️ 『ねぇねぇ、  "挨拶" のことが知りたいのだけど、  神様は挨拶のことについて、  何か教えてくれるのかな  "挨拶" は毎日の日常のことだけど  ちょっと知りたい。』 と聞かれたので、 🌸 『なるほどねぇ〜、  そんな話をあまりしたことないなぁ。』 日常的に神様とは色んな話しをしているけど、 そんなことを聞いたことがない。 憑依のこととはまた違った深さがあるので 私も興味を持ち聞いてみることにした。 すると、 😇 『 "挨拶" と言うのはね、  相手や相手の存在を心から感謝し  重んじるところから始まるのですよ。』 と聞こえて來た。 そして私がそのまま聞いていると 😇 『あいさつとは、四つの語が合わさる  ”四合わせ(しあわせ)”  つまり、「幸せ」を意味します。  「あ」は、  相手への敬意をもって  頭(あたま)を下げる心  つまり日々の一期一会に感謝する心を表し  「い」は、  相手を重んじながらしっかりと  意志や意思や(いしやいし)を伝える心。  意志を伝える礼儀として  まず挨拶から始まる。 ということです。  「さ」には、  相手の幸せ、つまり幸(さち)を願い  思いやる心を持って笑顔で届ける。  相手の幸せを望める人こそが  本当の幸せを手にいれることが  できるのです。  「つ」は  何より、敬意を持って相手を重んじ  意志をしっかりと相手に伝(つた)える  繋(つな)がる 包み(つつみ)込む。  それを相手への愛を持って務め(つと)る。  あいさつひとつでも  とても重き深い意味があり、  相手も自分も幸せへと繋がる  言靈だという氣持ちを持って  言葉を重んじ挨拶しなさい。』 と言われ、 このことが口から伝わったとき。 何氣なくコミュニケーションの 一つとして交わされる 「あいさつ」 という言葉が とてもとても神聖な言葉に思えて來て 挨拶だけではなく ============  言葉=言靈 ============ として、 どんな言葉にもきっと私たちの知らない 「#言靈の意味」 が隠されているのだと感じました。 きっと文明が栄える前、 言葉で意思表示をすることで 意思疎通を図っていた時代の人たちは その言葉一つ一つを重んじて使い、 生きていたんだろうなぁ。 そしてまだ言葉も無い頃は 「#音靈#音靈(おとだま)」 で意志を確認しあっていた。 現代の人たちも音が日常の中に溢れ、 それは「騒音」ともなるが 「癒し」ともなる。 そんな時代の名残りも 時代を変えて変化を遂げて残り続けている。 言葉も同じ。 そこに込められた意味や想いは深い。 と想うと、 言葉の奥に隠されている意味。 ====================  "言葉" は 人を幸せにも  不幸にもしてしまう魔法 ==================== だとしたら、 笑顔にする魔法、幸せにする魔法として 言靈の意味をもっともっと知って、 知った上で使っていきたい❣️ /  愛を届けることは  言靈を届けることと同じ💓 \ そんな言葉を持つ「人間」という 〔種族〕の一人であるということを 素晴らしさと共に誇らしくも想う 良い一日のスタートとなりました☀️ 私のマネージャーは 仏教を10代の頃から30年以上深く學び、 その深さを更に學びたいと仏教を説く 師範まで取り、仏教を學ぶ人たちに 説いてきた人。 そんな彼女と今共に同じ志を持ち、 志事をさせて頂いていることのご縁と感謝。 それを深く刻み、これからも共に 一人でも多くの方たちへ 《氣付き力》と《魂力》の向上に尽力し、 未来の子どもたちに 少しでも安心安全な地球を残すために 今の時代を生きる人たちと共に 今の時代を大切に生きていきたい そう思います☺️💕 彼女との朝の散歩での会話は とても神聖な時間ともなる。 こんな朝のひと時の会話が みなさまのお役に立てれますように 愛と感謝と祈りを込めて Succla☆🌸🍡☺️🍡🌸


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