【 人生はお母さんのお弁当箱 ②】

最終更新: 6月7日

先ほど一般的な 『方位取り と 祐氣取り』の お話ししましたので、今回は

実際に神社やお寺で、 土地の鑑定と神言を伝えるために お伺いした時に聞いた

"逆方位取り"  

のお話しをしようかと思います

ある時、 お寺で話をしていたら、 そこに居た僧侶の方が言いました。

「世間では方位取りというと  吉方位の方角へと足を向けるのが  一般的ですが、私たちは  そうはしないのですよ。」

「えっ?そうなのですか」

「はい。  私たちは逆に方角を見ては、  凶方位の方へ方へと進んでいきます。」

「反対側の凶の方角・・・ですか」

「そうなんです。  ですが、凶方位に行くと  やはり面白いことに本当に  不運な事しか起こらない訳ですよ。」

「なるほど。」

「でもですね、それで良いのです。  それが(強調)良いのです。」

初めて聞いた私は、 頭に「」しか浮かばなかったので そのまま話しを聞かせて頂きました。

そして続けて その僧侶の方は続けました。

「あるお坊さんが始めたことが  切っ掛けになったのですがね。

 そのお坊さんは  とても素晴らしい説教をなさる方で、  ある時、そのお坊さんは  修行として凶方位の方、  凶方位の方へとわざと行くと  話して下さいました。

 そこでは見るに堪えない  不運の連続が続いたそうなのですが・・・

 そしてその行いを見ていた  別の僧侶が凶方向へばかり行く  そのお坊さんに言いました。

 『なぜ、不運が起こると解っている   凶方位の方へと常に   向かわれるのですか』

 するとそのお坊さんは言いました。

 『人生の幸と不幸はちゃんと   平等に決められおります。

  不運を避けるために   吉方位ばかりに進むと   自分の人生の中に起こる喜びや幸せを   感じる事が出来るでしょう。

  ですが、それもそうずっとは続きません。

  ある瞬間にプツリと   糸が切れたかのように   どんなに最高の年回りで   最高の方位へと突き進んでも   凶方位と同じ作用しか   起こらなくなる時が来るんですよ。』

 人生、幸せの中にだけ  どっぷりと浸かってると、  それが幸せなのかすら解らなくなります。

 それは幸せを感ずることのできない  不幸と同じなのです。

 ですが、その逆、  凶方位にばかり進むと辛いことや  不運が沢山として起こります。

 これもまた、  プツリと糸が途切れたかのように  どんなに凶方位へと進んでも  何も起こらなくなるのです。

 そしてそこでは、  吉方位で感じる幸せや喜びしか  感じなくなるのですよ。

 苦しみの中を過ごす内に、

 ”喜びや幸せの見つけ方”を

 すっかり覚えてしまうのでしょう。

 そうすると、何をしていても、

 =====================   ありがたや、ありがたや、     幸せだ、嬉しい  =====================

 そう心から思えるんですよ

 それに、不運と感じることは  出来るだけ若い時の方が良い。

 まだ立ち上がろうとする氣力や希望が  たくさんありますからね。

 年を取るとどうも考え方や経験が  邪魔してなりません。

 人間素直が一番ということでしょうか?

 私は若いうちの苦行を  とても感謝しているのですよ。

 私はそこで修行させて頂いたのです。

 ですからほら。  もうどんな凶方位に進んでも  私には不運が寄ってこない

 それよりも、  喜びと幸せと感じることばかりですよ

 人生は幸と不幸が決められています。

 食事の時のように、  好きなものから先に食べると  嫌いなものしか残らないけど  嫌いなものから先に食べると、  好きなものしか残らない。

 それと同じなのですよ。」

この会話にはとても深みを感じました。

聞く人の魂の深さによって・・・・・

=======明日③へと続く=======

愛と感謝と祈りを込めて

Succla☆